杉なまこ


10数年、外食の世界でメニュー開発をしていました。
漸く、ゆっくりと料理研究家の道を進もうと思っています。
お料理は、和洋全般。苦手だったエスニックも最近は大好きになりました。

特にスウィーツやお菓子を作るのが大好きです。
最近はフランスの郷土料理や、ヨーロッパの伝統菓子に夢中です。
定期的にお料理会やレッスンを初め、お花も少人数で教室をしております。
また、『小さなフルコースの会』と言うお食事会もひっそりと開催しております。
(2012年4月 横浜「点」、白金杉岡邸キッチンにて)

小説の中のお菓子

(清水宣晶:) とりあえず、乾杯を。
さあ、何を注文しましょうか。

(杉なまこ:) 今日は清水さんに完全にまかせて、
それに乗っかるようにします。

それも、面白いですよね。
人の趣向に乗ると、自分じゃ選ばないような
セレクションになったりして。

最近は、そのようにして、
幅を広げております。


この前、なまこさんが料理を作ってるところを拝見した時、
なんか、自分でも作れそうな気がしてきました。

皆さん、そうおっしゃいますね。
厨房で作るのを見てる方は、
「そんな簡単にできちゃうんだー」って。
特別な材料や道具が必要っていうことになっちゃうと、
やっぱり、作る気も失せちゃうので、
それはもったいない、と思うんです。

なまこさんは、お花と料理と、
始めたのはどっちが先だったんですか?


20才ぐらいの頃でしょうかね、
たまたま、生花の花材を買いに行ったお花屋さんで、
雨が降っていたので、雨宿りをしているうち、
「コーヒーでもどうですか」って話しになったんです。
それで、話しをしている時、
「ちょっと一回試しにバイトしてみない?」って言われて、
母の日も近いしと思って、その縁で働き始めたんです。

それはまた、風流な縁ですね。

そのままハマって、
お花の仕事を続けていく道もあったんですけれど、
でも、それだけじゃなくて、まったく違う、
食べ物のことをやってみたくなって。
商品開発をやらせていただけるところに勤めて、
それから、ずーっと、メニューを考える、
っていう日々でした。

じゃあ、食の仕事を始めたのは、
その、お花の仕事をした後のことだったんですね。

食べ物のことも、小さい時から興味があったので、
週に一回ぐらいお友達を集めて、
お料理とかお菓子を教えていました。
どちらかというと最初は、お菓子からだったですね。

お菓子を作り始めたきっかけっていうのは、
何かあったんですか?

本を読んでいて、お菓子が出てきたりすると、
どういうものなんだろうっていうのが、
ものすごく興味があって。

「赤毛のアン」とか「若草物語」とか、
そういうのを読んでると、
プラムプディングっていうものが出てくるんですね。
で、これはいったいどういうものなのかと。

その作り方を、
自分で調べたんですか?

当時は、作り方を知りたいと思ったら、
いきなりカナダ大使館に電話するという、
謎の小学生だったんですよ。

ぶはははは!
プラムプディングはどうやって作るんですか、って。


そうしたら、カナダ大使館の素敵な便箋で、
ちゃんとレシピを送っていただいたんですけど、
それを見ながら、初めて焼いたパイは、
外は真っ黒、中は真っ白、でゴミ箱に直行になってしまって。
こういうのは本だけじゃなくて、作る手順があるんだな、
っていうことを知って、
そこから勉強をするようになりましたね。

独学で始めたんですね。
どこかで習ったことはあったんですか?

それが、食べ物の世界に足を踏み入れてから今日まで、
学校に通ったことも、修行をしたことも全然ないんですよ。

そうなんですか!?

興味があったら本を調べて、
わからなかったら、お店の人に平気で聞く、
っていう恐ろしいことを繰り返して、
今までやってきました。
カウンターにある店に何回か通って、シェフの方に、
「この前いただいたお料理のことなんですけど」って伺ったり。

なるほど。
それで、なまこさん、
お店の人とお話しするのが好きなんですね。

そういうきっかけで興味を持つと、、
どんどん、未知の領域につながっていきます。

イメージを再現する

「赤毛のアン」もそうですけど、
外国の小説って、いろんなお菓子が出てきますよね。

「アンは、お茶の時間にビスケットをこしらえたが、
そのビスケットがあまりに真っ白に出来上がっているので、
さすがのリンドウ夫人も感激するほどだった」
っていう文章があるんですけど、
はて、そのビスケットっていうのは何だろう、と。
詳しく調べてみると、
ケンタッキーのチキンについてるような、
ふくらし粉を使って、バターとかシロップで食べる、
ふわふわの焼き菓子みたいなものだったんです。

原文に出てくる食べ物を、
忠実に再現しようとしているんですか?

必ずしもそうではなくて、
フィーリングの部分を再現したい、
っていうことなんだと思います。
たとえば、アイスクリームっていうものに、
今の私たちは有難味を感じませんけれども、
当時は、夢の食べ物だったんですよね。

そうだったんですか!


ある音楽会の帰りに、誰かがアンに、
「あんなダイヤモンドときれいなドレスを着て、
毎日アイスとサラダを食べられたら、どんなに幸せだろう」
って言うんです。
そこから、当時の社交界では、
アイスクリームを食べるというのは一大イベントだった、
っていうことが伝わってくるんですね。

そういう、アイスクリームのわくわく感を、
再現したいっていう気持ちなんですね。

「風と共に去りぬ」と「若草物語」なんかは、
両方読んでて面白いのは、時代的には同じなのに、
生活スタイルが全然違うんです。

南北戦争時代の、
貴族の生活と、庶民の生活ですね。

「ドレスのコルセットを締められながら、
黄金色のバターがとろけるさつまいもを目にして、
生唾を飲み込むスカーレット」
とかって表現があって、
リアルだなあ、って思って。
南部だから、やっぱりさつまいもなんです。

ああ、なるほど。
食べ物の描写って、感情移入しやすいし、
感覚としてリアルですよね。

そういう、本から伝わるイメージを、
自分なりに、料理で再現しているんですね。
お話しの本質と食べ物っていうのは、
とてもつながる部分なので、探ってみると面白いです。


映画の「かもめ食堂」を観た時も、
ただ、食べ物がそこにあるだけで、
それを作った人の日常生活とか背景とか、
いろんなことが伝わってくるなあって思いました。

あの中で、シナモンロールを焼くシーンがあるじゃないですか。
口うるさいおばさんたちが、それを食べて静かになって、
幸せそうな顔をして帰っていく、っていうのは、
印象的な場面だったですね。

自分が作った料理で直接、人を喜ばせたりとか、
何かを与えることが出来るっていうのは、
すごく羨ましいです。

あ、清水さん、
いいことを思いつきました。
今度、私が料理教室風に、お料理を作るので、
それを横で見ながら話しをするっていうのはどうですか?

ああ!
なまこさんの本領ですね。
そうだ、なんでそれに気がつかなかったんだろう。
今日の続きは、料理を教わりながら話しましょう。

2時間で出来るフルコース

今日のテーマは、
「2時間で出来るフルコース」ということで、
いってみたいと思っております。


いろんな食材がありますね。

基本的にいつも、
野菜をいかに多用するかを考えて、作っています。
これがはたしてどう変わるのか、楽しみにしててください。

バラ肉と肩ロース、
2種類の豚肉を使うんですか?


食べ比べてみるのも楽しいかなと。
まず先に塩コショウをして、下地を作っておきましょう。
で、ニンニクをこすりつけておきます。

肉と一緒に焼くわけではないんですね。

一緒に焼くと、香りはいいんです、が、
ニンニクの匂いしかしなくなっちゃうんです。
本当は前の日から下地を作って、
冷蔵庫に入れておくとベストなんですけど、
そうした時は、焼く15分前から外に出して、
室温に戻しておくようにしてください。

今日は、他のお料理でセロリを使うので、
ここで切っておきましょう。
セロリの葉っぱもザクザク切って、
これが実は、素晴らしい香辛料になるんですね。


セロリは繊維があるので、
斜めに切っていきます。
こうすると、スジを取らなくていいんです。

なまこさん、包丁で切るのが、
ものすごく速いですね。

これはもう、
神様からいただいた私の才能と思うんですけど、
人の顔を見て、話し続けながら、
素早く野菜を切る、というのがございます。

こんなにずっと話しっぱなしなのに、
手が止まらないっていのはすごいですよ。

私、極めてテレビ向きだと思うんですが、
よろしければ、どこかの番組で、いかがでしょうか。


「お手紙がついた野菜」と言って、
徳島から着いたニンジンくんです。

今日はあと、キャベツを半分と、
紫キャベツを4分の1入れてます。


ああ、キャベツも2種類入ってると、
色合いがすごくキレイになりますね。

そうでしょう?
リンゴの残りがあったらリンゴを入れたり、
これはもう、なんでもいいです。
そういう変化が自由につけられるようになると、
料理は格段にグレードアップするんですね。

今日はこのサラダにもう一品加えて、
ごちそう感を出そうと、考えております。


アサリですか!

白ワインを2杯ぐらいかけまして、
これだけで、おお、いい香り!って感じでしょう。
貝は、お酒で柔らかくなるんです。

だんだんほら、「熱いよー」っていって、
口を開いてきましたね。

これは、家で簡単に作る時には、
そのへんの缶詰の水煮を使っても全然構わないです。
今日なんかは私、むき身を探してたんですけど、
ピーコック行ったら、アサリ君が特売だったんです。

買い物に行った店の「広告の品」とかを見て、
臨機応変に決めてるわけですね。

はい、そういう世界です、私の場合。

だいたいみんな口が開いたんですけど、
2個ぐらい、言うこと聞いてないのがいますね。
あとで、もうちょっといじめてあげるね。

それは、、アサリに言ってるんですか?

わたし、お花もお料理もそうなんですけど、
物に対して話しかけるという、
大変不気味な人間なんです。
まあ、それも一つの個性と思っていただけると
ありがたいです。
ほら、そうすると、アサリくんも、
しょうがないなあ、って口を開いてくれました。
おいしく食べてあげるからね。

こうやって話しかけてると、
アサリの中にも、周りに流されるヤツとか、
最後まで強情を張るヤツとか、個性が見えてきますね。

そうでしょう?
さあ、次は豚さんの料理に入ります。
今日はオレンジで煮てみようと思います。

鴨に使うのは聞きますけど、
豚をオレンジで煮るってのは珍しいですね。

鴨とか、もち豚の、こういう赤っぽい肉は、
甘酸っぱいものによく合うんです。
皮も使うんですけど、
オレンジを絞る前に、この固い状態の時に、
皮を切ってあげてください。
でないと、あとで泣くことになります。


もう、まるまる一個分、
皮を使うんですね。

今日はほのかな香りづけだけじゃなくて、
大それた使い方をしてみようかと。
このように、細かく刻んでください。

ここで、わたしの大好きな調理器具、
「厚手の、底がしっかりしているフライパン」が登場します。
大事なことはですね、動かさないでください。


ああー、肉を焼く時って、
つい動かしたくなっちゃいます。

最初に、しっかり焼き色をつけることが重要なんです。
そうすると、中の脂も外に逃げにくい、という。

こういう、ドーンとした肉の塊を焼くっていうのは、
テンション上がりますねえ。

上がりますね。
薄く切って焼くことも出来るんですけど、
やっぱり、食感とか変わってきてしまうので。
いい色でしょう?
もう、これさえ見せてしまえば、
私のお料理は125%成功したも同然です。

これで、お肉はしばらく放っておきます。
次の料理は、もう超簡単で、
火をいっさい使いません。
さあ、これはなんというものでしょうか?


バルサミコですか?

そうです、これをそのまま使うとシャバくなってしまうので、
ここはぜひ、もう完全にハチミツを使ってください。

はあぁ、ハチミツと合わせて
ソースを作るんですね。

だいたい、ハチミツの5倍量ぐらいの
バルサミコを混ぜてください。
なぜフライパンかというと、早く出来上がるんです。
とにかく焦げやすいので、、
すぐに弱火にするような感じで。
作ってる途中に、すごく酸が飛びます。

これは、すごい。
酢飯みたいな匂いがしますね。

頃合いを見極めるポイントは、
ソースが出来上がってくると、
スプーンで表面をなぞった時、
モーゼの十戒のように、スーッと割れるんです。

ソースの中に道が現れるんですね。

で、ここで彩りにイチゴと、
カットパインの登場です。
「手、抜いてますね」って
言われるかもしれませんけど、
ええそうです、いいんです。
丸ごと買うとゴミが多くなっちゃうんですもん。
パイナップルの酵素はとても肉と相性がいいんですね。


要するに、スーパーで葉物と果物を買ってきて、
生ハムで飾るだけなんです。
自分からバラしてしまいましたけれど。
でも、こんなに相性のいい食べ物が一つになって、
これぐらい色彩の美しいものは、なかなかありません。

そうか、組み合わせなんですね。

組み合わせなんです。
なんにも難しいことじゃなくて。
意外かもしれませんが、

この料理は、
失敗することがないってのもいいですね。

そう、バルサミコを煮詰める時に
焦がさないようにする、っていうだけです。

お肉を、オレンジソースと一緒に、
ちょっと味見をしてみてください。


うっわーー!
濃厚で、肉の旨味があって、
ものすごく美味しいですね。

この基本の作り方を覚えておくと、
ワインの代わりに
シードルにしてリンゴを加えればフランドル風だし、
日本酒とみりんと醤油で煮ると、
バラ肉のこっくり煮になる、
っていうアレンジが楽しめるんです。

これは、出来上がるまでを横で見てると、
実際に、自分でも同じものを作れそうな気がします。

作り方は簡単ですけど、
オレンジソースみたいなちょっと特別なものを使うと、
ごちそう感がありません?

これはほんとに、
「2時間で小さなフルコース」ですね。


さあ、後は、
楽しく食べるだけ、飲むだけでございます。
(2012年4月 横浜「点」、白金杉岡邸キッチンにて)

清水宣晶からの紹介】
なまこさんは、美しいものをこよなく愛している人だ。
料理研究家というのは、なまこさんという多面体のほんの一部の面を表したもので、料理というものに限らず、歌や花や文学など、およそ芸術と関連するあらゆる分野について、深い造詣と愛情を持っている。

なまこさんが料理を作っているのを横で見ていた時、その材料と作り方のシンプルさに驚いた。
家庭のキッチンで、サッと簡単に作っているように見えるのに、まるで魔法のように、レストランのフルコースと見まがうばかりの料理が出来上がってしまう。
それはもちろん、これまでの技術と経験の豊富な蓄積があってこそ出来る技なのだけれど、どこにでもあるような食材と道具だけで、こんなにも鮮やかな作品が出来上がるのを見ていると、料理というのは洗練された総合芸術なのだということがよくわかる。

厨房を舞台に常にユーモアを交え、話したり、踊ったりながら、様々な趣向を凝らして周りの人たちを楽しませるなまこさんは、極めて創造的なエンターテイナーだと思う。

杉なまこさんとつながりがある話し手の人


SPECIAL THANKS TO

杉岡藍杉岡藍さん
料理をつくるキッチンを提供していただきました。


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